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10代後半 女性

簡単なものだったの….?

visibility277 chat4 personゆり edit2026.03.23

私にとってはすごく屈辱的で、でも世間から見たら、ひとつずつが軽い、ノリだったり、からかいだったりすることが、学校でありました。今もあります。
1度、テスト後にシャーペンがなくなって、必死に周りを探して、筆箱に入れたはずのシャーペンを何度も何度も探したんです。後ろでは2人の男子の声で「探してる探してる笑」と明らかに私に向けて放った言葉、咄嗟に振り向いて、顔を見た時のあのにやつきを、いまでも忘れられず、悔しい思いが溢れます。
ああ、きっと、私のシャーペンは取られてしまったんだ。そう直観的に感じました。
その後、くすくす笑った男子のうちひとりが私と全くおなじのシャーペンを使うようになったんです。その男子の席は私の右斜め前。その子は筆箱も持たず、引き出しの左に二本シャーペンを入れているだけ。いつも授業開始の挨拶する時に左手で机の中のシャーペンを取り、授業を受けます。
なんとなくです、自分のモノがあれだと確信したんです。なんとなくだけど、直感だけど、絶対にあれは私のだと、わかってしまって、悲しさや悔しさがずっと渦巻いて、その日のうちに、母に、私の撮られたシャーペンが、あの子に使われてる、笑ったうちの一人で、絶対に私のだ。って泣きつきました。

その後も何度か…小さいことが積み重なって、何人かの名前をあげて親に相談して、学校に訴えました。
先生がその子たち(2人以外にも数名)、話を持ちかけたところ認めたんです。
「やりました」と、私からすれば盗まれた。
確実に筆箱に入れたシャーペン、買って間もない、新品だった、色も好きで、書きやすくて、振ればシャー芯が出てきて、描く度にくるくる回ってくれるような、そんな素敵なシャーペン。
私は、私のシャーペンだと思ったのは、使う姿を見てから1度もその機能を使わなかったことです。このシャーペンにはロックという機能があって、振ればシャー芯が出てくるというのが煩わしいとき、ロックをすることで普通のシャーペンとして使えるというものです。
でも彼は1度も使わなかった。きっと知らなかったんだと思います。それも、私の中で決定的だと思ったのです。
いくらでも説明はつきます。買いましたと 、たまたまでしたと、言われればそれまででした。学校の中でスマホは使えない、必要なものは持って来れない、証拠はない。
でも認めたんです。認めた。それなのに、厳重注意、悔しい。
日記にも書き留めました。毎日されたことを書きました言われたことも笑われたことも、全部鮮明に日付も、誰に何をされ言われたか。
だけど、証拠にはなるはずなのに、なのに、…軽い処罰だけ。私が耐えた期間は、?あまりに軽く見られていると思いました。
私は彼らに何もしていません。話したこともないし悪口を言ったわけでもない。どうして、私ばかり。言いたくないこんな性悪なこと、言いたくない、けど、友達に吃音気味な子がいます。最初はその子が標的でした。でも、その子、心がすごく綺麗で、優しくて、こんな私と一緒にいてくれて遊んでくれました。そんな友達が好きで、吃音とかどうでも良くて、好きなものを好きと言える彼女が大好きで。でも、親にはそれがダメなのだと言われてしまいました。
彼女も私も、何もしてないのに。どうして。ずっと思ってきました。
教師には親のいない所で、「もっと早く言ってくれれば..ねえ?..」言えるわけない。親には、耐えろと言われて、勇気をだして、伝えて結果はこれ。正直敵に見えるんです。親も、教師もクラスメイトも、学校に行くのが顔を見るのが屈辱で。結局はちっこくなるしかないのだと。
被害者はいつだって立場が弱くて。
きょう、終業式でした。
最後の話、先生が「性的ディープフェイクについて」の話をされました。簡単んい言うと、卒業写真などを卑猥な画像に合成して、ネットに晒すことです。犯罪で、それは手に負えない重たいものだと。警察に出しますって。
なんだか、それを聞いてまた悔しくなったんです。
私のは、軽かったのか?とペンをとったと認めた彼は犯罪じゃないのか?16になって善悪の判断がつかないわけがなくて、成績も悪い彼を擁護するのはなぜ?
私の頑張りが全部ぜんぶ!軽視された気持ちになりました。
わかってます、飛躍しすぎだって、考えすぎだって。でも、そう思ってしまったんです。
ずっと忘れられない、あの空気と声と、顔と、先生の言葉と対応と、現実が。
私の悔しさは、悲しみや苦しさは、訴えたって、意味のないもので、勉強も力を入れて、成績も良いものにした私と、赤点ばかりとって、授業もまともに受けず、へらへらして人を常にバカにする彼ら、性格の悪い比較だけど、だけど、真面目に生活して、真面目に生きてきたのに、報われない悔しさが、何一つ伝わらなかったんだって、そう思ったら、悲しくて、私は、なんのために生きているのか、なんのために、真面目でいたのか、もうクラクラするほどに考えられなくなったんです。
いつか報われる。いつか。いつか?そのいつかは、16年生きてきて1度も、1度も来なかったのに。むしろ踏みにじられた報われは、いつになったら?
将来苦労するのは相手だって、そんな不確かなことどうして言えるの。
あの時だったのに、あの時、できるならばあの時だったのに、この先なんてそんなのじゃなくて、長い目で見ることなんてできない、あの時、あの時だったはずなのに。
どうして、?謝られもしなかった。反省の色は先生の前だけ。
私の受けたことは、犯罪じゃないの、?犯罪じゃなかった?重いものじゃなくて軽いものだった?
悔しい、悔しくて悔しくてたまらない。すごく悲しい。あちらが得をするのは、なんでなの。
恨み言ばかりではダメだって、わかってる、前を向けともわかってるけど、…ずっと怖い。顔をあげるのが怖い。同じ年齢なのに、あんなにも違う残酷な人を知るのが怖い。
踏みにじられた気持ちがまた踏みにじられるのがこわい、、外に出るのも怖い。
生きるのが、怖い。
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コメント一覧

  • refresh3週間前
    オセロット 30代 男性
    主さんにとっては、シャーペンの件も性的ディープフェイクの件も大差無い。
    そりゃそうでしょう、どちらも犯罪ですから。
    ただ第三者である、先生からしたらシャーペンの件は、しっかりと反省すれば加害者も被害者も納得できるはずです。関わってるのが2人ですから。 でも性的ディープフェイクは、被害者と加害者だけでは、なく他の第三者達も巻き込んでしまいます。 こちらからしたら、先生がそこまで考えたかは、知りませんけどね
    人生辛いことばかりです。自分の味方は、自分だけです。それに親だろうと友達だろうと先生だって、いつか敵になりますよ。 辛くなったら愚痴りにきたら良いじゃないですか。
    主さんの周りの人達に相談できないなら、ネットの数万人に聞いてもらえば良いんですよ。
  • refresh3週間前
    Gash Kiyo 40代 男性
    はじめまして。読ませて頂きました。
    簡単なもの?否ですね。ペンの事も、お友達の事も、
    決して簡単な事じゃないです。

    だって、どっちもゆりさんにとって大切なものなのだから。
    決して雑に扱われていい事じゃないです。

    まあまだまだ冷え込む日々です。生姜湯でもどうぞ( ^^) _旦~~

    吃音だから何だというか(その中でも頑張っている子を
    侮辱していい道理などありませんよ。)好きなものを好き
    というのが何だというか(それって裏表ないって事だし
    いい事じゃないか)。シャーペンだから何だというか。
    (大事な物だろうに)

    「いつか報われるっていつなんだよ。16年生きてきて
    そんな事なんて一度もなかった。」何故16の若い身空
    でこんな事を言わねばならぬほど追い詰められている
    のか。血を吐くような思いで書いたことだけは伝わって
    来ます。その事情もお聞きしたい所ですね。

    大切なものを大切という心を、友達を友達だという心を
    他ならぬ親や教師が傷つけ枯れさせていい道理があって
    たまるか。一番守らなきゃならないものが何であるか、
    見失っているのではないのか。

    それと、ゆりさんの努力に関しては、無駄という事は
    ないのだと思います。なぜかって言うと、ゆりさんの
    スキルになるから。「芸は身を助ける」と言って、自分が
    努力して得た知恵や技術は、忘れさえしなければこの先
    必要な場面で何回でも使えるのです。もしかしたら、
    そういう事の延長上にそのお友達を笑顔にする新たな術
    がある可能性もありますし。(私は、昔脳梗塞で滑舌を
    コントロールする部分を手ひどくやられ99%日本語が
    話せなくなった祖母ちゃんを最後まで看取った事があり
    ますが、その時の祖母ちゃんの晩年の日々がそんな感じ
    でした。)
     そのご努力は決して、あなた方を腐している人間のために
    あるのではなく、あなた方が自分で運命から自由になり
    未来を切り開く技術を得るためにあるのだから。

     あと、そのお友達さんとの事に関して、1つ教えておきたい
    事があります。それは、「人が人を助けるとか幸わえるという
    事は、一見するとちっぽけに見える行動から始まる。」という
    事です。私の場合は、ばあちゃんの病室のテレビをつけて
    一緒に落語を見たりとかそういう事から始まりました。
     人間、最初っからデカい事を成そうってったって、そうは
    問屋が卸しません。しかし、一見小さく何気なく見える行動
    を丹念に繰り返していった結果、相手が手がかりをくれて
    そこから新たな方法論やアイディアが生まれ最終的に幸せの花
    が咲くという事はあります。むしろ人間の信頼関係というのは
    常にそういった形で維持されるものです。

     場合によっては児童相談所への相談も必要になるレベルの
    話だなと思ったのでその番号189は教えておきますが、
    ゆりさんがここで話したいとあればここで引き続き話すのも
    一つの手かなと個人的には考えています。

     いずれにせよ、こんなひどすぎる事情でゆりさんやお友達
    みたいな若者の心が破壊されるのを指くわえてみてるって
    のは私にとっても死ぬより嫌なレベルの話です。そう考えている
    大人は、日本にも大勢います。そのことだけはお忘れなきよう。
     

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