私が私であること。

 

今週からバイトを始めることになりました。雪灯です。

五月病……、たぶんみごとに片足突っ込んでますね(^_^;)

でも、やらなきゃいけないことも山ほどありますから苦笑 私なりにやりこなしていくしかないかなぁ……(^_^;)

さて、そんな今回はタイトルにあるようなテーマを考えていこうと思います。

 

過去を見つめて。

先日、私には自分自身の過去を見つめ直す機会がありました。もう黒歴史みたいな過去です。周りにしてみたら悪印象を与えてしまうような、私の過去はそんな過去でした。

 

 

私は登校拒否児でした。何度も自問自答して、何度も死のうとしてきました。学校には行けず、両親や教師には一部を除いて理解されず、手首や首筋に何度もカッターを当て、マフラーで首を絞めようとしたこともあります。

 

 

終わりの見えないような、真っ暗なイバラの道を歩き続けているような感覚。それが私の過去でした。

世間一般にしてみたら、それは立派な『社会不適合者』の烙印みたいなものでしょう。うつは甘えだと、まだそんな印象も残っている現代ですから。それは仕方ない気もしますが苦笑

 

それでも、その過去があるから、私は今を生き延びているのだと、そう思える私もいるのです。

 

今を生きるということ。

私が登校拒否児になって、うつになって、何度も自殺未遂を繰り返して、最終的に見つけた結論がこれです。

 

『今を生きる』

 

確かに何度も過去に囚われて、未来のことを予見しながら生きてきました。でもね。私が生きているのは、過去でも未来でもなく『今』なんです。

 

過去に登校拒否児だったから、今その経験を生かして夢を追える。

未来に何があろうと、今やろうと思うことを全力でやってみる。

 

過去は変えられません。でも、その色をを生かしてできることはたくさんあります。

未来はまだ見えません。でも、今からやることで、色の幅は無限に広がっていきます。

そういうものかな、と思えるようになってきたのです。

 

私が私であること。

過去と向き合ってみて1番の収穫は、自分が自分であることにちょっとだけど自信を持てたことです。

誰になんと言われようと、私自身が今、『これで良かった』と思える私であることに気づけたことです。

 

私の生き方は、両親や教師には、どちらかといえば否定される生き方でしょう。

自信を持って周りに勧められる生き方なんかじゃ、きっとないでしょう。

過去の私にしてみても、汚点のような生き方だったはずです。

 

 

でも、今の私は、あの時の自分を真っ向から否定することはできないのです。あの時の私がいるから、今の私がいるのだと気づけたから。

過去は変えられなくとも、その時の思いを今、私は生かすことができます。それは私にとって、すごく嬉しいと思えることなのです。

 

いつか、過去の私にも胸を張って誇ってもらえるなら、それほど嬉しい人生はないのかなぁ。

 

 

 

 

でも1番幸せだと思えるのは、どんなときも『生きていて良かった』って、そう思える私であることなのかもしれませんね。

 

 

 

 

.*・゚雪灯.゚・*.

 

 

 

 

 

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