「死にたい」という気持ちとの向き合い方(後編)

「死にたい」という気持ちとの向き合い方(前編)」は、大変大きな反響をいただきありがとうございます。

前回は観念的なことをお伝えしましたが、今回は実践的なことを書きたいと思います。

 

「自殺をしたい」と考えるほどの悩みは、人生で最大の悩みですので、そう簡単には解決できません。

一般的には解決方法として、

野菜を中心にバランスのとれた食事をし、毎日適度な運動をして、ストレスを溜めない生活習慣を作る。

ということが取り上げられます。

定期的に医師とのカウンセリングを取り入れることも推奨されるでしょう。

もちろんこれらは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の観点から理想ではありますが、真面目に取り組んで自殺願望を解決してしまえる人はごくわずかだと感じます。

「自殺をしたい」と強い感情にとらわれている時は、そもそも行動を起こす気力が無いことがほとんどです。

精神状態がグチャグチャなのに、健全なことを習慣化して粛々とやれるわけがありません。

定期的なウォーキングどころか、外に出ることさえできない人も少なくないでしょう。

家庭的な事情で、バランスのとれた食事が摂れない人もいると思います。

カウンセリングのために医師に会うことすら怖いと感じる人もいます。

そもそも、効果を期待できるカウンセリングが出来る医師は残念ながら非常に少ない印象ですし、費用は馬鹿になりません。

「死にたい」という気持ちとの向き合い方(前編)」のコメントに頂いた、脳内物質(ノルアドレナリン等)により感情を支配されるためどうしようもないケースもあります。

つまり、「自殺をしたい」と考える状態は、おおむね理想論が通じません。

これらを前提として、それでも前に進むための解決策をケースバイケースで次に提案していきたいと思います。

今回は非常に長文となりますのでご容赦ください。

 

社会や他人に強い怒りや憎悪がある場合

社会や他人に対する強い怒りや憎悪があるのであれば、行動を起こすモチベーションにしてしまうことをお勧めします。

もちろん、直接的に他人に怒りをぶつけるようになると対人関係の摩擦が起きてしまうので、表に出さないように気をつけなければいけません。

厳しい正論を言えば「自分がこうなってしまったのは家庭や社会のせいだ」というのは間違った捉え方です。

いや、疑う余地のない事実ではあっても、問題を自分以外のせいにし続ける限り、心から安心できる状況はいつまでたってもやって来ることはないのです。

自殺願望を乗り越えた後に「確かに社会や家庭により追い込まれはしたが、これが強くなるための勉強の機会だった。ありがたい」と感じることでしょう。

でも、「自殺をしたい」と考えるような状態の時に、正論を考慮する必要は一切ありません。

自殺願望を抱くのは、自分のせいでもなく"家庭や社会にうまく自分というピースがはまっていない"という状態が出来上がっているだけだと考えます。

善悪の問題ではなく、捉え方だけの問題なのです。

判断基準となる経験と知識が乏しいため、自分が置かれている状況を把握できない、整理できないために起こる問題です。

経験を積むためにも出来る事なら行動を起こした方が良いので、せっかく怒りという大きな起爆剤があるのですから、それを利用しない手はありません。

「成功して絶対に見返してやる」

「馬鹿にしてる奴らを逆に見下してやる」

など怒りの感情を"行動に繋げられる"のでしたら、そうした感情を利用すべきです。

何でも良いので、他人に対して優越感を持てるようになる行動を起こしましょう。

汚い感情でまったく問題ありません。

先日のわしゅーさんのブログに大切なことが書かれてありましたが、「清くあるべき」という“べき思考”も時として自分を追い込み苦しめます。

とはいえ、できれば

「俺が(私が)強くなって、この腐った社会を是正してやる!」

「両親を反面教師にして、愛情深い立派な大人になり、幸せな家庭を築く!」

といった正義感に基づく怒りがベストですし、出発点は単純な濁った怒りでも、ここにつなげるように意識できれば良いですね。

この怒りを起爆剤にする方法の注意点は、"行動に繋げられる"なら有効だということです。

行動に繋げられないなら、完全に自滅していくことになりますので、怒りを抑えながら心を落ち着ける方向に注力した方が良いです。

怒りは問題が解決していくに従ってだんだんと和らいでいきますし、いずれ怒りの感情を手放し、感謝のエネルギーに置き換えるつもりで期間限定で利用しましょう。

理想は自分に対する怒りがベスト

社会や他人に対する怒りをエネルギーに変えて行動を起こす方法は、たとえ隠していても対人関係に軋轢を生む可能性が高くなります。

自分に対する怒りを行動のモチベーションに出来るならそれが理想です。

「この程度で悩んでいる自分が許せない!」

「こんなこともできない自分を認めるわけにはいかない」

未熟なために「死にたい」という気持ちに追い込まれてしまった、自分の不甲斐なさに対する燃えるような怒りですね。

ただ、自分に対する怒りを行動のモチベーションにできる人は、もともとの志やキャパシティーが水準より高い人に限定されると感じます。

向上心が高い人は、自分に対する怒りがプラスに働くことが期待できると感じます。

やりたいことがわからない状態で、自分に対する怒りで行動を起こすことは難しいでしょう。

そのため、無理に自分に対する怒りに変換しなくても良いですし、あるがまま直感した怒りを利用してください。

 

気持ちが穏やかで怒りが持てない場合

気が弱いと言うと印象の悪い表現になりますので、気持ちが穏やかで社会や他人に怒りの感情が持てない場合の解決策を考えてみたいと思います。

問題を解決するには相応のエネルギーが必要なので、前項では怒りのエネルギーを使う方法を提案しました。

しかし、その怒りのエネルギーがない場合や、怒りや憎悪を持つことに強い抵抗感を持つ人もいるでしょう。

その謙虚さを最大限に利用する方法を提案したいと思います。

謙虚さはとても大切なものです。

心が強く落ち着いた人ほど、人一倍謙虚さも兼ね備えています。

なぜなら自分のためではなく、人のために生きることを根幹に据えているからです。

自分が辛い中でも外に原因を求めず、「自分が悪い」と悩むのは根が真面目な人に多い傾向があります。

家庭環境に問題があって、愛情不足から自己肯定感が低い場合も自分に原因を探しがちですね。

この傾向にある時が、最も「死にたい」という気持ちが強くなると感じます。

「生きていたら周囲に迷惑をかける」という思いが強いためです。

自分が死ぬほど苦しい時でさえ、他人のことを思いやれるこの謙虚さは、本当に素晴らしいと思います。

それが例え卑屈な思いが発端になっていたとしても、です。

社会や家庭は"お互い様"ですので、本来はもっと厚顔になってもいいくらいなのですから。

この気持ちのやり場がない状態の時は、想像を絶するほど辛いものです。

可能なら、少しでも自分以外の外部に原因があると考えた方が気持ちを楽に持てるでしょう。

"いつでも真面目に生きようとするから辛い"ということを覚えておいてください。

前述の“べき思考”のように、“清く正しくあるべき”と潔癖になりすぎると、自分を追い詰めてしまい本末転倒になります。

一時的には怒りや憎悪などの悪感情も利用して辛い状況を乗り切り、最終的にはその気持ちと決別して感謝の気持ちに切り替えることが、本当の心の強さにつながります。

盤石な人生を実現するには、この世の酸いも甘いも知り、清濁合わせ飲むことが必要です。

つまり、「死にたい」という辛酸をなめている状況は、この世の"酸い"を学んでいるということです。

それを乗り越えて幸せな体験ができれば"甘い"も知ることになり、盤石な人生になっていきます。

"甘い"を知った後に"酸い"を知ることは、よりダメージが大きく本当に辛いものです。

自殺願望を持つという事は、とても重要な人生の勉強しているという事でもあります。

その後に来る"甘い"の味わいが深くなる恩恵もあります。

現代は“表面上は緩い社会”ですので、「周囲は楽しそうなのに自分だけが苦しい」と思い込みがちです。

社会全体が厳しかった近代までは生きるのが精いっぱいで、自殺願望を抱く余裕すらありませんでした。

現代の飽食、娯楽の多様化、倫理観の喪失が「思い込みによる自殺」を急増させただけで、人生とは本来はとても厳しく、覚悟を持って臨むべきものです。

緩い現代では、この辺の覚悟を持ちづらく、“自分だけが”と錯覚する罠が潜んでいますので注意が必要です。

怒りを持つよりも謙虚でありたいと考えるなら、人は最終的に謙虚であることが正解なのですから、その素養は既に持っていると思い、まずは自信を持ちましょう。

その上で、自分を痛めつける卑屈な謙虚さではなく、自分を活かすことができる正しい謙虚さを持てるように少しずつ切り替えていきます。

 

最強の法則「生きていること自体に感謝する」

自殺願望はあっても「実際には死にたくない」という気持ちもあるわけです。

実際に死にたい人は、相談することもなくすぐに自殺を決行します。

相談するとすれば「どうすれば楽に自殺できるか」ということを真剣に探します。

ここまで追い詰められた人は、残念ですが後はその人の運命が好転することに任せるしかありません。

その一方で、ココトモに来られる人は、自殺願望を持った経験を生かして、必ず自分の力で人生を良くしていくことが可能だということです。

「死にたくない」という気持ちを「生きているだけでもありがたい」に切り替えて、嘘でもいいので思ってみましょう。

長い目で見ると、自殺願望を持つというありがたい経験をしているわけです。

今は「ありがたいわけがない」と思ったとしても、大切な死生観を育むこの体験は、いずれとても重要なものだったと気づくことでしょう。

「生きているだけでもありがたい」という事は、「最小限の生活ができるだけでもありがたい」という意味も持ちます。

住む場所があり、食べ物があり、着るものもあるという、最低限の人間らしい生活ができるだけでも十分ありがたいのです。

つまり、「隣の芝は青く見える」は幻想だと考え、無いものねだりをしてしまう気持ちを抑えて、現状に感謝できる部分を探して粛々とした気持ちで過ごすことが大切です。

そして時にはプチ贅沢をするなどして、ストレス解消をしましょう。

人生とは面白いもので、「幸せが欲しい」「友達、恋人が欲しい」「あれやこれが欲しい」と渇望するほど、それらの対象は逃げていく法則があります。

逆に、「生きていられるだけでもありがたい」と日常的に思い始めると、本心で欲しいと思っているものを引き付ける法則が発動します。

これを、僕は「感謝の法則」だと考えています。

「神様の法則」とも言えます。

生きていることに感謝することは、大自然(神様)に感謝をすることに直結します。

なぜなら、大自然(動植物、住まい、衣類など)のお蔭で生きているからです。

つまり、動植物、住まい、衣類など万物すべてに神様が宿っているということですね。

別に宗教的な話をしているわけではなく、科学的な観点で見てもとても理にかなっていると感じますし、古今東西の世界的な科学者や数学者もこの視点に行き着く人が多いように感じます。

これらへの感謝の気持ちが、前述の「幸せ引き寄せの法則」を発動させます。

1番やってはいけない事は、謙虚さをはき違えて、全てを諦めて何もしなくなってしまうことです。

人は何もすることがなくなり動きを止めてしまうと、将来に対する不安から絶望感に苛まれ、より自殺願望が強まります。

本当に何もすることがない場合は、料理や掃除などをすることを強くお勧めします。

作る、綺麗にする、という行為は、人間の感情を浄化させる強い作用があります。

さらに、これらを一目置かれるほどの特技に昇華させてしまえば、それだけでも仕事があります。

さいごに

今は自殺願望に苛まれていても、その経験に必ず感謝するときがやってきます。

大きな苦労を良心に従って乗り越えた人ほど、安心した大きな心を持つ人になる絶対法則があります。

これは、人類の普遍の真理です。

長文になると読者様の読む気が萎えてしまいかねないので、コンパクトに文章をまとめたつもりでしたが全然伝えたいことを書き切れませんでした😅

脳内物質(ノルアドレナリン等)による感情支配への対処方法もそのひとつです。

また改めて、ブログにしたためていきたいと思います!

 

あなたの心に、常に太陽が在る事を祈りつつ。。

お読みいただき、ありがとうございます😄

 

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