1人じゃないんだよ

嫌な事や辛い事があった時は

誰かに話したり、日記に書いていったり

大声で叫んでみたり泣いたりして

その辛い気持ちを手放して欲しい

その先にある不安に押しつぶされそうなら

それは逃げて良いんだよ。

だけどもし

自分の中に希望が見える時がきたら

逃げずに立ち向かって欲しい

その時は全力で背中を押すし

逃げる時は手を握って離さないから

大丈夫、失敗しても良い

大丈夫、ひとりじゃないよ。

一緒に泣いて、一緒に笑おう。

その為に僕がいるんだから。

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コメント一覧

全2件
  1. schedule2024.06.24

    うさこ

    今まで、つらい時、悲しい時、わりと楽観的で乗り越えてこれたって思ってた。
    でもそれは、すぐそばに母がいてくれたから…。父が亡くなり、兄が失踪し、住む場所も変わって8年のあいだ。それでも2人で支えあって暮らしてきた。母は、「私達は、2人で一人前のようだね。」って言っていた。母は私がいなければダメだと思っていて、私も母がいなければ…というより、母を失うということなど考えようともしなかった。
    昨年母が心を病み、どう対処してもわかってくれず、このままどうなってしまうのかと目の前が真っ暗に感じ、追いつめられていた。逃げ出したかった。
    それでバチがあたったのか…、私はコロナにかかって母にも感染。「またやり直そうね。」母がやっと書いたらしい手紙に私は涙した。
    絶対にもう一度やり直したい!でも、神様はそうさせてはくれなかった!
    母も、そして私も、コロナこそ治っても、体力が弱ってしまった。母は心肺の機能が弱り、飲み込む力が弱くなり誤嚥性肺炎に。しかも転倒して肋骨を骨折していた。私も足の力弱り、転倒して恥骨骨折したり、腎炎で入院して、母の病院になかなか行かれなかった。やっと行けても、母食事に、水も口にできない苦しい状態。ろくに私と会話もままならなかった。
    せめて家に帰らせて、看とるようできないかと、病院と話す矢先、母は逝ってしまった!ごめんね!謝る言葉もかけられなかった。
    夜、寝る時間が近くなると、「おやすみね。また明日ね!」と手を握りあった日々が懐かしい。「手の力、ほんと強いね!」そう言って嬉しそうに母が床につくと安心したものだったけど…。
    さっき昼寝してみたら、なんとなく母が傘忘れてると、持ってきてくれたというような夢をみた気がした!
    きっと目に見えなくても、まだ私の事心配してそばでみているかもしれない。心配性だったものな~www
    「お母さんの事思うと泣いてばかりだけど、一応これでもがんばってますよ!お母さんがきっとどこかでみててくれている、そう信じて生きていくからね!応援していてください!」

  2. schedule2021.06.15

    ぬい

    全てを失ったとき
    全てを失っても
    残ってるもの自分のもってるもの
    自分と一緒にいようとしてくれてるひとに気づくことができるのかもしれませんね

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