ただ話を聞いてほしい
長年離れていたモラハラ父と二人暮らししなければなりません
visibility21 edit2026.01.28
しかし私にとって父はトラウマと負の感情のトリガーであり、その存在と強制的に毎日向き合うことになる不安でいっぱいです。
以下、自分の状況をできるだけ、客観的に書きます。
単身赴任の父親(浮気・モラハラ)と、愛情深いが部分的にヒステリックな母親、という機能不全家族で育ちました。(弟と私で計四人家族)
父は昔から月に数回家に帰ってくる程度で、私と弟が幼い頃から、母と父の仲は最悪と言ってよく、幼少期は彼らの激しい言い合いを見て過ごしてきました。父は母に対してモラハラ的言動がひどく、それで母はヒステリックを起こしパニック障害を起こしたこともありました。また、私たちを養っているのは父なので、彼はそれを昔から振りかざすことが多く、家庭のパワーバランスはかなり父に偏っていました。定期的に離婚という言葉は出ていましたが、今に至るまでしていません。
しかし、目立った喧嘩が起こるのは父が家に帰ってきた時ぐらいで、その他の時間は母親と弟の三人で平和に愛のある暮らしをしてきました。機能不全家族といっても、母に愛されている記憶と自覚は今でもたくさんあります。
事が変化したのは、中学生の頃、私が偶然父の浮気を発見してしまったからです。それも、彼が複数人の若い女性と金銭的な援助を通して、関係を持っているという浮気でした。今となっては思い出せませんが、激しくショックだったし、裏切られたと感じたと思います。(当時はまだ父と仲良かった)
家庭崩壊が怖かったので、当初浮気のことを家族に伝えることはせず、私は一年近く一人で抱え込みました。そのうちもう抱えきれないと思ったので、母に打ち明けました。(弟はまだ幼かったので、私以上にショックを受けることを考慮して、彼には秘密になりました)
その後起こったことについて記憶が曖昧なのですが、母は父に直談判し、いろいろな混沌を経て、私は父としばらく会わないこと、父は私たち家族と正式に別居となることになりました。私と父はオンライン上で何度かやり取りをして、私は不快感や失望したことなどを伝えたり、それに対しての父の言い訳や謝罪があったりしました。しかし、その当時母と父の間でいろいろな意見の食い違いがあったりしたようで、この件は後々尾を引く問題になってきます。
この件で、積もりに積もった今までの父への疑問や、モラハラ的態度、違和感が私の中で全て確信になりました。私の中の彼のイメージが完全に変わり、また実際会わないようになってから、父の家庭に対する態度もより悪化したように感じます。この事件のせいで父を嫌いになったというより、口調や態度や性格などの、彼の最悪な本質に気づくきっかけになったという感じです。
この件とどんな関係があるのか自分の中でも不明瞭ですが、その後周りの人間関係に悩まされて、高校ではうつ病を患い一年不登校になったりもしました。その時は家庭内もいろいろ大変でしたが、父がそれの対して何かしてくれた記憶は一切ありません。
そんなこんなで、もうしばらくの間、父を自分の中で排除して生きてきました。記憶を封印して、できるだけ父という存在について深く考えず、たまに、母と彼の不平不満を言い合うぐらいに落ち着きました。備考として書いておくと、父は私たちに払うお金はケチになのに対して、自分は都会でタワマンに住んだり、美容整形したりするなど、雲泥の生活を送っています。(しかし、私と弟を私立の学校に通わせてくれてもいる)
また、弟を定期的に自分のところへ招き、旅行についれて行ったり楽しいことをしたりと、父と弟の仲はかなり良いです。その過程で、浮気をしたことも自分から弟に打ち明けたそうです。弟もそれを受け入れているようで、母・私・弟の間でも、しだに分断が現れるようになりました。
数年経って精神的に落ち着き、一度和解をこころみて会ったりもしました。しかし、結果的に父にもっと失望とストレスを感じるようになっただけでした。
なぜかというと、父はその当時の事件について、なんにも思ってないということがわかったからです。私は心の傷を負ったと思ったし、彼のことが嫌いだし、だけどその上でもう一度会いたいという彼に歩み寄る気持ちで、会いに行きました。しかしなぜか彼の中では、その時点でもう「許された」と感じているようで、謝罪も誠意も自覚も何もかもありませんでした。なにがわからないのかわからない、という人にテスト勉強を教える難しさのように、対話には苦労がかかりました。
それまでは父の高圧的な態度や口調が怖く、本音を直接言えないでいましたが、そのとき一回、謝罪はないのか、など不満をぶちまけました。そしたら父は、それってもう終わったことじゃん、などと言いました。それどころか「母と俺の間では、俺が好きに恋愛してもいいことになっていた!」などと主張をしてきます。数年前には浮気を認めて私に謝ってきたのに、なぜか彼の中では正当化されているし、しかも母はそんなことを認めてないので、ただの事実のすり替えです。
また、私がうつ病を患ったことについても、私自身の問題だと捉えているようでした。(注釈:父は一度部下をうつ病にしたことがあり、またその際に「うつは心の弱い奴がなる病気だ」と言っていたそうです。これだけでも彼がいかにモラハラチックかわかるかと思います)
それからは、父と必要最低限の会話をするたび、必ず泣いてしまったり、彼について深く考えると謎に涙が出てきたりします(悲しくなくても)
話が長くなりましたが、それでも、ここ最近までは、一緒に暮らせはするだろうと考えていました。これを機に仲良くなれたらとさえ。
しかし、数日前に引っ越しの話し合いを電話せしたところ、私はまた現実の厳しさを知りました。私は父のもとで暮らすことに強い不安を感じていたので、「お互い慣れる必要があるね」ということを伝えると、父に「えっ?なにが不安?wなにに慣れる必要があるの?w」と笑われました。つまり、本当に彼は自分のしたことをなにも自覚してないし、二人で済むということの難しさも分かってないのです。(数年前に再開した時に話したことも全て忘れていた)
私は我慢ならずに、怒鳴り散らかし、父に直接、不満に思っていたすべてのことについて批判しました。人格否定もしました(父親として恥ずかしくないのか、など)
結果、父はうるさいうるさいうるさい!ギャーギャーうるせえな!俺のことをディスるならもう来んな!や、もう学校のお金も出さない、などと口走りました。
父と仲のよい弟に仲介してもらい、その過程でいろいろなこと話し、試みました。結果分かったことは、父が本当に思いやりがなく、自分を中心に全て考えていて、人を理解する気持ちが無く、絶望的なまでに話し合いができないという事実でした。私が不満をこうして伝えたのは、父親と仲良くなりたいと思ってるからだよ!と伝えましたが、無意味でした。
もう今は、彼が本当に私のことを愛しているのかわかりません。こんな父をどうやって愛せというの。このストレスとどう共に過ごすの。深い悲しみと新生活への不安、私の心は混沌としています。
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