一緒にお話したい
最初からまともな人間に生まれたかったという反芻思考が止まらない
visibility25 edit2026.06.01
AC、発達性協調運動障害疑いあり。
発達障害を持って生まれ、貧しく不仲な機能不全家庭で育ちました。
物心がついた頃には既に、ありとあらゆる事が周囲の同世代の人間より劣っていました。
不器用過ぎて
スポーツも、音楽も、美術も、
人付き合いも、仕事も、
遊びもゲームも趣味も、
何一つ上手くできません。
そもそも興味関心の幅が狭く、何かに熱中する事ができなかった。
家庭環境や金銭の問題で、背中を押してもらったり応援してもらえる事も一切なかった。
当たり前の事をこなすだけで気力を使い果たし、その場しのぎ以外の事に使えるエネルギーも殆ど無かった。
それらを乗り越え挑戦しても、不器用さのせいでいくら頑張っても基本すら身につけられなかった。
そんな失敗経験が積み重なる内に、挑戦する事そのものが怖くなった。
マイナスを0に近づけるのが精一杯。
いくら努力しても、何も上達しない、得意にならない、好きにならない。
頑張っても頑張っても頑張っても、普通の人のスタートラインにさえ届かない。
家族とすら仲良くなれない。
友人を1人も作れない。
趣味も特技も見つけられない。
仕事もついていけない。
恋愛も友情も青春も経験できなかった。
思い出の一つも作れなかった。
自立した大人にもなれなかった。
最初からまともだったら。
人並みの能力や特性や環境があったら。
どんなに人生が楽になっただろう。
人並みのコミュニケーション能力があったら。
人並みの興味関心と行動力があったら。
人並みの器用さや要領の良さがあったら。
どれだけ充実していただろう。
過去を変えられないのはわかっている。
それでも延々とIFの人生を想像して、現状とのギャップに落ち込んでしまう。
苦しい。
苦しくて苦しくて仕方がない。
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