思い込みや、洗脳されている感覚は、目覚めて初めて気付く。

『恵まれていると思うよ。』

その言葉を、ずっと信じていた。

私は、恵まれているんだ。って。

だから、その恵まれている環境が、実は自分の首を絞めていたなんて、思いもしなかった。

恵まれている場所にいるのに、どうして体調が悪くなるの?

とても良い場所にいて、毎日笑っているのに、疲れるのはどうして?

ずっと疑問だった。

『前よりマシだ。』『昔よりずっと良い環境だ。』

過去と比べて恵まれているから、悪い環境のはずないって思い込んでた。

でもそれは、『マシ』なだけであって、『恵まれている』とは違うこと。

自分で自分のことを洗脳することが出来る。

自分で暗示をかけることが出来るんだ。

『私は幸せ』『私は満たされてる』そんな思い込みは、心は支配出来ても、体には正直に現れる。

何より、よく見ている人には分かる。

『そうやってさ、言い聞かせないと、やっていけないんじゃない?』

そんなことを言われて、初めて自分で思い込みを作って暗示をかけて洗脳していたことに気付く。

『恵まれていると思うよ』この言葉は、私は人に言わないようにしている。

Aさんが出来るから、必ずBさんが出来るわけじゃない、

人によって感受性も受け取り方も違う。体力もメンタルの強さも違う。

『恵まれている』と思ったら、その環境で不適応な自分を否定せざるを得ないから。

前と比べて、ではなくて、『今私は、何を感じて、どう思ってる?』

心に聞いて、辛いならそれは辛いこと。苦しいなら苦しいこと。悲しいならそれは悲しいこと。

『恵まれてるんだから、こんなことで…』それは心の純粋な叫びを無視することになる。

感覚を無視して生きることが、体調にどう反動として返ってくるのか、身をもって知った今、自分の心に素直に感じることを大事にするようになった。

体は正直。これは本当だと思う。

心を無視すれば、体は反応する。

綺麗事なんかいらない!辛いものは辛いんだ!って体は叫ぶ。

誰が言ったかとか関係ない。自分が感じること、それは全てだと思う。

被害妄想とか勘違いとか、いろーんなことを言う人がいて、いろーんな受け取り方がある。

でも、やっぱりまず第一に、自分の感覚。どう思うか?何を感じるか?それをまず自分が受け止めてあげないと、他に受け止めてくれる人なんていない。

そんな当たり前なことを見失う位、色々なことがあったんだと思う。

それを経験させてくれたことも、感じる大切さを教えてもらったことも、感謝していこうと思ってる。

感謝して、糧にすれば、きっと何かの役に立つ。無駄にしないと思うだけで無駄にはならないから。

論理的に冷静に考えることを意識していると、感覚として感じることを疎かにしてしまう。

分析するのも程々にしないと。人から言われること、どう思われるかを注意することも、程々にしないとな。

そんなことを、ここ何週間かの出来事で、考えさせられた気がする。

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