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一緒に対処を考えてほしい 初回返答から提案
20代前半 男性

近しい人を自殺で亡くした方に聞きたいです

visibility338 chat5 personほね edit2025.07.18

24男です
約2年前に友人を自殺で亡くしてから生きる意味が分からなくなってしまいました。
思い出すのも辛いと思いますが、近しい経験がある方にどう乗り越えたのか教えてもらいたいです。
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コメント一覧

  • refresh3週間前
    みのり 30代 女性
    3年ほど前に友人を自死でなくしました。
    当時の友人は20歳前後だったと思います。
    悩んでいる様子も見せず、前日の夜まで別の友人とゲームをして、そのあとに実行したようでした。
    コロナ禍の一人暮らし。もしかしたらうつのような感じもあったのかなと想像します。

    実際に会ったことはあれど、ネットで出会った友人で住まいが離れていたため、最後に会うことは叶いませんでしたが、一周忌などの機会にお墓には行きました。

    当時は、「どうしてあの人が?なんで何も言ってくれなかったの?」という戸惑い、怒り、悲しみが入り交じっておりました。
    周りの計らいで2日ほど仕事を休ませてもらいましたが、復帰後も気分が落ちたり悲しい気持ちになったりしておりました。
    ドッキリで突然戻ってくるのではと何度も考えたりもしておりました。(ドッキリであってほしいという願いでもありましたが)

    主人とも共通の友人であったため、自分の感情を素直に出せたのは大きかったかもしれません。

    友人が親と疎遠であったので、実際に私たちが会った時の写真をご家族に差し上げようと写真を集めたり、私の自宅に置く用の写真を準備したり、といった作業が少し気を紛らわせてくれたような気もします。

    あと、思い出せる限りでは、友人はよく、失態をやらかす人でしたので、今回もそういったことで、まさか本当に死んでしまうと思っていなかったのでは、と想像したり……。

    今は、主人と「あの人コレ好きそうだね、あの人に見せたかったね」といった話が出来るようになりました。
    友人が自死を選んでしまったからこそ、私たちは生きようと思いました。

    今でも、時々、どうしてその選択をしてしまったのか、とひとりで考えることもあります。
    どうして最後の一歩が踏み出せてしまったのかと。

    今は、いつか向こうで再会した時に、友人がいなかった間にこんなことがあったんだよ、と話せるように、生きているような気がします。

    ほねさん、おつらいと思います。
    自分の話しかできず、申し訳ありません。
    どうか、おひとりで抱えすぎずに。
    近しい人の自死は大きなダメージですから、あまりにもつらいと感じるようでしたら、一度医療機関を使うのもありだと思います。
    私も友人の自死の前から通院していた精神科で、そのときは少し薬を増やしてもらいました。

    長文失礼いたしました。
    ほねさんが心安らかに過ごせますように。
  • refresh3週間前
    メンバー
    やす 40代 男性
    はじめまして、やすといいます。
    この度は、ココトモにご相談くださり、ありがとうございます。

    辛い経験をされましたね⋯。
    そのご友人とお別れをされた時、どのようなことを感じ、思い、考えられましたか?

    僕は、その時の思いを固く持って生きようと思いました。
    万人に当てはまる正解とは思っていなくて、これが僕の最適解だったのだと思います。


    僕は、約10年前に幼馴染を自死で失いました。
    睡眠薬のODで、一人暮らしの部屋で亡くなっているのを、翌朝、彼女の母親が発見したというものです。
    僕らは4歳くらいから一緒に遊び、家族ぐるみでの付き合いもあり、また僕にとっては初恋の人でした。

    彼女は学生時代にいじめを受け不登校になったり、社会人になってからはパワハラに悩まされたり、と辛い人生を生きていました。
    後から知った話、僕を含む地元の友人関係をすごく大切にしてくれていると同時に、僕らと自分を比較して悩んだりもしていたようです。
    『もっと私もしっかりしなくては』と。
    十分、彼女もがんばって日々を生きていたのに。

    度を超えたパワハラ、セクハラに悩まされても闘って、精神的に追い詰められた果てに、自分の自死をもって一矢報いようとしたようです。
    真面目で頑固な一面を持った人でした。

    彼女が亡くなったという報せを聞いた時、僕が感じたのは『怒り』でした。
    もう動かない彼女を見て
    その傍らで泣き崩れる彼女の母親を見て
    現実世界においつけていないような眼差しをした彼女の兄弟を見て
    泣き続ける地元の友人達を見て
    ただただ行き場のない怒りを募らせていました。
    彼女への、社会への、パワハラやセクハラをしていた相手とその会社への、自分への⋯
    だから、ほんの一滴も涙は出なかった。

    彼女が命をもって放った一矢は、社会に出ることなく、直接パワハラ等をしていた上司が左遷されたとかその程度までしか届かなかったようです。

    その後しばらくして、彼女の母親(僕自身、子どものようにかわいがってもらっていた方)も衰弱してしまい、病死されました。

    ⋯僕の場合、彼女の死が自分を迷わせたりひどく落ち込ませたりといったことはありませんでした。
    強くあったのは、怒りと後悔。
    なぜ死んでしまったのか。
    なぜ助けを求めてくれなかったのか。
    なぜ彼女がそんな道をたどらなければならなかったのか。
    あの時、こうしていれば何か違っていたのか⋯など。

    その怒りと後悔は今もあり、彼女を思い出すたびに胸が痛くなります。

    彼女が教えてくれたことがあるとすれば、
    『自死は悲しみしか生まない』ということ。

    だから僕は、『なにがなんでも生き尽くして、その先で彼女に会ったらその時はたくさん説教してやろう。たくさん話そう』と思って、今を生きています。

    ⋯僕のエピソードを書かせていただきました。
    ほねさんにとって、少しだけでもなにか参考になればありがたいです。

    長文、失礼しました。
  • refresh3週間前
    かい 50代 男性
    時は確かに解決はしてくれると思います。
    疲れてしまったと、多分精一杯頑張って力尽きたのでしょうね。
    病院とかは行ってみたのでしょうか。

    頑張っても頑張れない時はあります。
    どうしても動けない時。
    まずは休むしかないみたいですね。

    病院へ行く事は勧めます。
    その前に保健所や精神保健福祉センターでの相談でも構いません。
    心療内科、メンタルクリニック、うつ状態の可能性は高いように思いました。

    頑張って来てもどうしようもなければ、休むしかありません。
    友人に俺はこれぐらいは頑張って来たぞ、とも言える状態なのでしょう。
    頑張って疲れたなら、友人も理解してくれるはず、幸せを望んでいたのだから。

    時が解決してくれる、病院へ行く、通院すれば確かに違っては来るかもしれません。
    今を変えるきっかけは何とも申し上げられないのですが。
    ただ、人生は精一杯頑張る時と休む時が、両方が必要なことでしょうか。

    休んだ後なかなか動けない自分がいれば、やはり病院は勧めるでしょうか。

    それにそんな時1度頑張る事、幸せにならなければという所から解放される事でしょうか。

    友人も無理して幸せになったり、返って辛いというのは望んでないことだと思います。
    頑張るのも頑張り方や休みを取り入れたり楽しみを取り入れたり工夫が必要な気がします。

    休む事は今は必要、その後楽しい事や出来そうな事を少しずつやる事は出来ませんか。

    頑張る事からは1度開放して自分の出来ることから始める。
    そして徐々に動けるようになれればと。
    楽しい事や好きな事があればそれをやってみても良いと思います。

    自分の人生なので、何かをやり楽しんで生きていく事は大切だと思います。

    頑張る事や頑張ったから休みが必要になった、出来る事や楽しい事をやっている。
    友達はそのことも理解はしてくれると思いますが。
    精一杯頑張る事は必要でも、疲れたなら、生き方を見直してみる事が必要だと思います。

    そのための相談や病院への通院、無理せず出来る事や好きな事だけやるとか。
    そういう生き方を見直す時期に来てるような気がします。

    なかなか思うようには書けませんが、休んで、出来る事を探してほしいと思います。
    遠回りしても、うまくいかなくても友達は見てくれて理解してくれると思います。

    それに自分の人生なので、他の事は考えずに、やりたいことは何なのか。
    休みつつも、今出来る事は何かを考えてほしいと思います。
  • refresh3週間前
    かい 50代 男性
    近いかどうかは分かりませんが。
    気になって書いています。

    僕は20代の頃、大学の同級生は波にさらわれ、いとこはストレスから来る病気でした。
    人生はいろいろありますし、いろいろな話を聞いたりします。

    皆2人とも20代でしたが、その頃、数歳上の知り合い、友達を1人亡くしました。
    薬を飲んでの自死でしたが、前にもそのような事があり。
    当時そううつ病でしんどかったのだと思います。

    今だから話せることになります。

    僕が思ったのは病気でとても苦しんで、楽になったのだと思ったことです。

    人生はどうなるかは分からない、だから今その時を精一杯生きていかなければ。
    人生は長さだけでなく短くとも過程や質、中身が大切だと。
    確かにそのような事があれば、考えさせられ、彼らから教わりもしました。

    友人の分も精一杯生きて、長く悔いがない人生を精一杯生きれば良いです。
    友達の事を忘れない事、そして精一杯出来る事はやる事。
    それで十分ではないでしょうか。

    ありふれた言葉ですが、友人もあなたの不幸は望んでなくて、悔いなく生きてほしいと。
    そう思っていると思います。
    不幸より幸福が良い、悔いがない人生の方が良い。

    目の前の事を精一杯できる範囲でやって、十分生きたと思える人生にしてほしいです。
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