「死にたい」という気持ちとの向き合い方(前編)

みなさん、こんにちは😃

タカミチです。

先ほどお悩み掲示板にて、「死にたいって言うやつが許せない」という投稿を拝見しました。

その方は、命に関わる持病で、何度も生死の境を彷徨い、度重なる入院と手術によって生き延びられて、さらには東日本大震災で被災して自宅を失い、親族も亡くされるという、壮絶な人生を歩まれていました。

誰よりも、自他の死を見つめて来られたからこその、自殺を望む方々への純粋な怒りと、命の大切さを訴える、魂の叫びでした。

その方は、85歳まで生きて、大切な人に手を握られながら、眠るように息を引き取ることが夢だと語られていました。

僕はその投稿を拝見して、「どうかその夢を達成し、大満足の中で天国に旅立ってほしい」と、願いました。

きっとその方は、これからも多くの人に支えられて、辛い闘病の中でも、確かな充足感を感じながら、人生を生き切られる事でしょう。

陰より、心から応援しております。

その一方で、投稿のコメント欄に、「主様は体の病気。死にたいと思っている方は心の病気」とあり、強く同感するとともに、深刻な、社会的な心の病気が極まっているのが現代なのだろうと再確認しました。

そこで、社会病と言える"希死念慮"との向き合い方について、ブログに書こうと思い立ちました。

悩みに大きいも小さいも無い

投稿主様の魂の叫びも真実である一方、「自殺をしたい」と苦しまれている方々の悩みも、また真実です。

悩みとは、その方の人生の範囲での価値観が全てですので、"悩みに大きいも小さいもない"というのが僕の考え方です。

他の人からは「なんでそんなことで悩んでいるんだ」と感じても、その人が真剣に悩んでいるなら、それは悩みなのです。

そして、その他人が"小さい"と感じる悩みにたどり着くまで、大小様々な悩みを抱えてきていて、「もう死にたい」と感じた小さな悩みは、最終的なきっかけに過ぎなかったということもあるわけです。

その上で、もう一つの普遍な事は、「命の重さ」を悩みと照らし合わせながら、客観視しながら、"死"と真剣に向き合うことの大切さであり、投稿主様の伝えたかった事だろうと感じました。

この世に、「自殺をするに足る悩みなど無い」と、強く思います。

この事を、ほとんどの人が体験しないような、壮絶な人生を生きられている投稿主様が、これ以上ない説得力を以って示してくれました。

少年が「将来、野球選手になりたい」と目を輝かせるように、「将来、飛び込み自殺をしたい」と目を輝かせるような人はどこにもいないわけです。

「自殺はあってはならない」

心の底から「自殺をしたい」と考えている人であっても、「人生、何とかなるかもしれない」と考え始められるような言葉を、僕は探し続けています。

悩みが100あるのであれば、100年かけて克服してしまえばいい

これはもちろん比喩表現ですが、この言葉に、"人生を幸せに生きる本質"が隠れていると、僕は考えています。

この事を、まさに、投稿主様が示していただきました。

100"という数字は、単純に悩みの数でも良いですし、悩みの深さの度合いでもいいと思います。

人によっては、10かも知れませんし、60という人もいるでしょう。

前述のように、悩みの大小ではなく、「どれだけ悩みと真剣に向き合えるか」で、人生が豊かになるか、辛いままになるか、の分かれ道となるでしょう。

悩みとは、"心の栄養素"だと考えています。

死を意識するような悩みほど、栄養価が高いのです。

そう考えると、投稿主様の体験、人生への向き合い方は、このことを見事に体現していただいているのだと感じます。

幸せとは、とても主観的なものです。

他人にとって不幸だと感じる生き方でも、本人が努力により最上の幸せを感じているなら、それは"幸せ"だということです。

つまり、幸せとは"競い合うものでは無い"のです。

ここに、希死念慮が生まれる落とし穴があります。

競争社会からドロップアウトしよう

現代社会は、人類史において最も自殺率が高い時代だと言われていますが、この時代を生んだ背景は、間違いなく"競争社会"です。

学歴、収入、容姿、対人関係など、どれだけ"勝ち組"や"リア充"になるかが、人を評価する絶対基準として、社会の根底に流れています。

この歪みきった価値観に、僕たちは疑うことなく浸かってきたため、心までも歪められてきました。

この歪んだ価値観の社会を"当たり前のもの"だとすると、心の歪みは矯正されないでしょう。

僕は、この歪んだ価値観からドロップアウトし、現状の人生を受け入れ、「生きているだけでもありがたい」と、芯()から感じることが出来るようになった時に、それまで感じたことがない、最上の幸せを感じる事ができるようになりました。

投稿主様程の壮絶な人生では無いですが、事業の失敗による多重債務者で借金は1000万円以上ありますし、その他にも命に関わりかねない持病も抱えています。

とはいっても、「競争社会からドロップアウトしよう」と言われて、「はい、分りました」とは、中々ならないわけですね😅

それに、競争を止めて隠居暮らしをし、努力を放棄するという意味でもありません。

あくまで、"歪んだ競争意識"からのドロップアウトで、それを実現出来れば、それからは己との競争が始まりますので、さらにのびのびと努力が出来るようになり、努力が楽しくなります☺️

今回は観念的なものを書かせていただきましたが、すでに長文となってしまいましたので、「死にたい」という気持ちとの向き合い方(後編)で、実践的な希死念慮との向き合い方について書いていますので、併せてお読みいただければ嬉しいです。

 

あなたの心に、常に太陽が在る事を祈りつつ。。

お読みいただき、ありがとうございます😄

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コメント一覧

全4件
  1. schedule2022.08.04

    タカミチ

    みくさん、こんばんは。

    貴重なコメントありがとうございます。
    再確認、という意味でとても参考になりました。

    死にたくなる感情、行動を誘発するのは、心ではなく脳内物質という事実は非常に重要ですね。

    ノルアドレナリンだと言われています。

    僕は現在もこのやっかいなノルアドレナリンと闘っている側ですので良く分かります。

    長年、心を鍛えてきましたので、今は自殺を考えたり、死にたくなるという事はありませんが、20代の頃まではこのノルアドレナリンに支配されている時は「どうやって死のうか」と考えていたこともあります。

    過剰な抑うつと焦燥感、頭痛、ブレインフォグと思考低下、異常な冷や汗等、非常に辛い状態に置かれます。自分だけ別世界にいるような感覚ですね。

    この状態の時、他人との距離感が消失しますので、対人関係に大きな支障をきたしがちです。

    そう、みくさんがおっしゃるように、心をどれだけ鍛えようが、このノルアドレナリンが分泌されることを克服することは極めて困難だと感じます。

    出来るのかもしれませんが、僕は今のところ一生無理かも知れないと感じていますし、うまく付き合っていくしかないと考えています。

    なぜなら、先天性の性格、脳内構造があるためだと考えます。

    しかし、これも克服可能だと感じています。

    僕はこのノルアドレナリンが分泌されて非常に辛い時でも、もう一人の自分が「あー、これはヤバいわw」と冷静に観察して、周囲との摩擦が起きないように慎重に対処することが出来るようになりました。

    今日も会社で仕事中にノルアドレナリンが突発的に分泌されたのですが、いつもより重めだったためトイレに避難して回復の呼吸法で整え職場に戻りました。

    僕は毎日最低でも1回はこんな感じですが、対人関係が発生する場のみで予期せず発生します。昔は独りでいる時も発生していましたが今はありません。

    ただ、考え方ひとつ、心の在り方ひとつで、克服していけるのだということも知っておいて欲しいと思います。

    実践編(後編)を書くゆとりがなかなか無かったのですが、みくさんのコメントにて再確認させて頂いたので、ノルアドレナリン(その他神経バランスの変化等含む)との付き合い方、克服の仕方も含めて、週末にでも書きたいと思います。

    本当に、ありがとうございます。

  2. schedule2022.08.03

    みく

    一つだけ。「死にたくなる」のは、心の問題ではありません。脳内の問題です。脳内の物質が足らなくて、死にたくなるんです。心の問題と世の中が扱う限り、犠牲者は減りません。死にたい人は、ちゃんと病院にかかり、薬を服用すれば、多くのひとが死なずにすみます。脳内物質が足りない状態でどれだけ気持ちで頑張っても、死にたい願望には勝てません。たくさんの人にそれを知って欲しいです。

  3. schedule2022.07.25

    タカミチ

    しーさん、こんばんは

    考えさせられるコメントをいただき、ありがとうございます。

    自分の中で昇華させた、もしくはさせようと思える悩みは、他人に話せるものですね。

    その一方で、「この悩みは自分にしか理解出来ない」「悩みを打ち明けること自体に問題がある」と感じてしまう悩みは、自分の中にため込んでしまうものです。

    しーさんが、その胸の内の苦しみをココトモで吐き出せるきっかけがいつか生まれればと思います☺️

    もし吐き出してみたいと思われた時は、遠慮なく指名にてチャット相談いただければ、喜んで対応させていただきます。

    僕でなくても、素晴らしいメンバーさんがたくさんいますので、心の中を少しでも軽くするためにも、ぜひ相談してみてほしいと思います。

  4. schedule2022.07.25

    しー

    元の投稿主様はさぞかし大変だったと思います。心中お察しできません。想像したら引っ張られるので。
    でもそれは他人に言える表立った悩みと言いますか、言えるようになったことだと思います。言えなくて悩んでいる人がいるということを想像できないのは悲しいことですね。その悲しみを自覚できない、いやできないからこそ生きていられると思います。その精神こそ幸せだなと思います。人に話せないほど苦しいことを何もかも抱え込んでる者より。

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