一緒に対処を考えてほしい 提案は話をしっかり聞いてから
10代後半 女性

過去に起きた出来事について

visibility28 chat1 personアコ edit2026.02.24

私は中学生の頃、拒食症になり、体重が大きく減りました。医師から入院を勧められたとき、母は迷わず「はい」と答えました。その瞬間、私は見捨てられたような気持ちになりました。本当は心配しての判断だったのかもしれませんが、当時の私にはそう受け取れませんでした。

過活動のせいで体重がなかなか増えなかったこともあり、母から強く叱られることもありました。父からは、やっていないことを決めつけられて怒鳴られることがあり、私の話を聞いてもらえないと感じることが多くありました。

一方で、中学校の担任は「生きているだけで偉い」「学校に来ているだけで偉い」といった趣旨の言葉をくれるとても優しい先生でした。しかし、その話を父にすると「それは小さなことじゃないか」と言われ、深く傷つきました。私は、“ただ生きているだけでは偉くないのかな…”と思うようになりました。

中学校の卒業発表で、私は下手なりに一生懸命作文を読み上げました。母に感想を聞くと、「長くてあまりよく分からなかった」と言われました。そのとき、とても悲しくなり、あの場で頑張った自分まで恥ずかしく感じてしまいました。

また、拒食症で過活動だった時期には、女子生徒3人から陰で揶揄われたこともありました。

高校に入ってからも、非常勤の先生に挨拶をしただけなのに、不機嫌で無愛想な態度を取られることがありました。なぜか私にだけ厳しいように感じました。そのことを美術の担当の先生に相談すると、「そういう人だからね。社会勉強だよ」と言われました。私の考えすぎなのかもしれないと思いながらも、納得しきれない気持ちが残りました。

そして、美術の授業でデスケールを忘れてしまった時、私の真後ろにいた大学生の先輩が「デスケールも持ってきてないなんて、何しに来たんだろう」と呆れたように言い、非常勤の先生も「…たしかに」と同調しました。忘れ物をした私が悪いのは事実です。それでも、聞こえる場所でそう言われたことが、とても辛く感じました。

こうした出来事が重なり、私は人が怖くなり、なかなか心を開けなくなりました。友達もできにくく、孤独を感じることが多いです。妹や弟はあまり怒られたり否定されたりしていないように見えて、羨ましく思うこともあります。今でも父から少し注意されるだけで、強く傷ついてしまいます。

私は両親のことが嫌いだと思う一方で、本当は歩み寄りたい気持ちもあります。けれど、過去の出来事を思い出しては悲しくなり、なかなか前に進めません。過去にとらわれず、今を生きたいと思っているのに、それが簡単ではないと感じています。

長文になってしまい申し訳ないです…。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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コメント一覧

  • refresh35分前
    Q 50代 その他
    きっとあなたは、長いあいだ一人で耐えてきたのだろうと思います。

    拒食症で入院を勧められたとき、お母さまがすぐに「はい」と答えた。その瞬間の「見捨てられた」という感覚。あれは理屈ではなく、体で感じた衝撃だったのではないでしょうか。頭では「心配してくれたのかもしれない」と分かっている。でも、あの時のあなたは、「味方になってほしかった」「迷ってほしかった」「私の気持ちを聞いてほしかった」。そこが満たされなかったから、傷が残っているのだと思いますね。
    お父さまに話を聞いてもらえないと感じたこと。担任の先生の言葉を「小さなこと」と言われたこと。卒業発表のあとに、勇気を出して感想を聞いたのに、受け止めてもらえなかったこと。一つ一つは小さく見えるかもしれません。でも、あなたの中では「私はそのままでは認められないのかな」というメッセージとして積み重なっていったのではないでしょうか。それは、とても苦しい体験ですね。
    「生きているだけで偉い」という担任の先生の言葉。私は、その先生の感覚に近いです、私は丸儲けですが。
    拒食症の中学生が、学校に来て、前を向いて立っている。それは本当に簡単なことではありません。体も心も削りながら、それでも生きていた。私はそれを小さなことだとは思いませんよ。
    ご両親は、おそらく「強くなってほしい」「社会で困らないでほしい」という方向を見ていたのだと思います。でもあなたは、「まず安心したい」「まず分かってほしい」という場所にいた。その視線のズレが、今も胸に残っているのかもしれませんよ。
    美術の授業での出来事も、忘れ物をした事実と、傷ついた気持ちは別の話です。「…たしかに」と同調されたあの瞬間、あなたは孤立したでしょう。人は、ミスそのものよりも、「人前で軽く扱われた」と感じたときに深く傷つきますから。
    何度も似たような体験をすると、心は学習します。「人は怖い」「どうせ否定される」「期待しない方が安全だ」と。それは弱さではなく、生き延びるための防御ですから。
    今でもお父さまに少し注意されるだけで強く傷つくのは、今の出来事に過去の記憶が重なっているからです。心は時間をきれいに分けてくれませんからね。
    そして大切なのは、あなたが「嫌い」と思う一方で、「歩み寄りたい」とも感じていることです。その両方が本音でしょう。どちらかが嘘なのではありませんよ。
    過去にとらわれないようにしようと頑張るほど、過去は強くなります。無理に手放さなくていいのです。まずは、「あのとき本当に寂しかったんだ」と、自分が自分の味方になることから始めてみてくださいね。

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