誰かのための自分、より大事だと思うこと

こんにちは。グアポです。今日は「誰かのための自分」になれない、と悩んでいる方に、グアポなりの考えをお話しさせて下さい。

生きていると、いつのまにか社会のいろんな集まりに所属しますね。家族、近所、学校、会社とかですね。そして所属するだけではなく、何らかの「役割」も付いてきます。

「役割」には、その集まりで何らかの「あるべき姿」であることが期待されます。兄弟で長女・長男ならば、「お兄さん、お姉さんらしく」、親であれば「父親、母親らしく」、近所であれば、「人付き合い良く」とかかな、学校であれば「学生らしく、上級生らしく、下級生らしく、クラスメートらしく」、会社では「社会人らしく、上司らしく、部下らしく、先輩らしく、後輩らしく」ですかね。

考えてみれば、本当にいろんな役割を演じながら、みんな生きているんですよね。これって、すごいな、と思う一方、そんなにいろんな役割、演じきれないよ、と思いますよね。

またややこしいことに、演じ続けないといけなかったりするのです。そうしないと、”周囲の期待”にそぐわなく、がっかりさせてしまったり、時には責められたりすることもあります。

でも我々は人間です。うまくできないこと、ありますよね。そんなとき、悩んでしまったり、自分を責めたりしてしまう人も多いかと思います。自分もそうでした。

ほどほどならばいいでしょう。でも度を過ぎて、その事を気に病んで、気持ちが不安定になったりするのは、ちょっと違う、と思うようになりました。

だれでもこの世に生まれてくるのは、自分の人生を自分の好きなように生きるためですよね。つまり、自分のために、自分を生きる、のです。自分の所属する集まりで期待される役割を果たすのは、元々は自分の人生のためで、他の人のためではないはずです。誰かのための自分を生きる、必要は無いのです。

周囲の期待に添えなかったとき、周囲に「ごめんね」くらいは言ってもよいででしょう。でも、それを超えて悩み、自分を責めたりするのはやめておきませんか?

だって、あなたは誰かのための自分を生きているのではなく、自分のために、自分を生きているのですから。

何か参考になれば幸いです。それではまた。

グアポ

 

 

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