自分の生きる意味が見出せない~悩んでいる人への応援ブログ~

 

ある人と電話をしたときにこんなことを言われました。

「大丈夫ですか?葉音さん、今相当病んでますよね?」

その方とお話したのは、ほんの3回。でも、その方にはなんだかすべてを知られているようで、ドキッとしました。

「大丈夫です」「何とかやってます」

こう答えるのがいつもの私。高校のときも同じような経験をしました。

友達に「大丈夫?」って聞かれて、「大丈夫だよ~」と明るく答える私に対して、『大丈夫って葉音がいうときは、大丈夫じゃないときだよ』

すごく驚きました。その友達いわく、「大丈夫?」って聞かれるってことは、本当につらそうなときで、本当に何もなかったら、「え?なんで?」とか心当たりがないような答えをするはず。それを「大丈夫」だという私は、自覚をしながらも、自分に言い聞かせるように「大丈夫」って答える、つまり『本当につらいときである』ということ、らしいです。

 

その時は、さすが友達だなぁ、と感心したし、感謝もしましたが、結局ちゃんと話せるようになったのは最近のことです。

 

『誰もわかってくれない』と本音を出せなかった学生時代

 

3人きょうだいの末っ子、というと、よく甘えん坊、というイメージをもたれると思います。

私自身、自分が甘えん坊だということは自覚していますし、母親には今でも甘えていますが、学校では本音を言えない、人に甘えることができない自分がいました。

 

「お母さんみたい」

末っ子の私ですが、元々の性格なのか、おせっかいなのか…なんなのかはわかりませんが、みんなのお世話をするのが好きだったし、頼られるのも好きでした。

親のしつけもあり、真面目に授業のノートをとっていた私は、中・高・大と、人にノートを貸したり、勉強を教えたりしていました。

勉強を教えることはもともと好きで、途中まで本気で学校の先生を目指していましたし、教える、頼られることで、私も嬉しく思っていました。

 

「セクマイ」「うつ病」で自分への否定感が強かった私は、誰かのために生きることに依存していて、自分で自分の生きる意味を見いだせない、抜け殻のような日々を送りました。

人に価値を求めること、それは簡単なことです。

 

人に物を渡す。

人に勉強を教える。

人の相談に乗る。

 

それはエゴに過ぎない、わかっていたけれど、一瞬でも相手の喜ぶ顔や、私の生きる意味を与えてほしくて、その一瞬、ひと時の快楽に身を委ねたくて、必死で生きていたくてすがっていました。

 

でも、それは本当に一瞬のこと。

ふたを開けてみれば、何も持っていない自分がいて、自分の根本的な問題は解決していなくて…

自分の本当の気持ちを言えない、弱音を吐けない私の問題は変わらないまま、時ばかりが過ぎました。

弱音を吐くこともあったけど、本質的な問題、本当の自分をみられるのが嫌で、言えずじまいのまま、自分の価値を模索していました。

 

そんなことをしていても、「うつ病」は治るはずもなく、薬や問題だけが増え、自分を自分で苦しめながら生きてきました。

 

 

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人の言葉の尊さ

 

冒頭にも書きましたが、そんなこんなで生きてきた自分自身に「生きる意味」がどうしても見出せなくて、他人にばかり、生きる意味を求めていました。

 

自分で自分の生きる意味が見いだせない…

それはすごく悲しいことだと思いましたが、他人にとって、誰かにとって、私は必要で、大事な存在でありたいと思いました。

自分のために生きられないのであれば、ほかの誰かのために生きよう。

そう、心に決めました。

 

でも、そんな私にも大切な人ができて、自分の幸せを願うことができた。

それはすごく前向きなことで、生きる意味を見いだせたような、そんな気がします。

 

でも、心がからっぽになりそうなときは今もあります。

「弱音を吐けない」こと自体は、徐々にできるようになってました。

私のことをわかってくれる人がいる、それだけで本当にうれしいし、閉ざしていた心がやわらかくなってきているのを感じます。

 

だからこそ、諦めないでほしいんです。

自分の生きる意味が見いだせない、私も今でもそんなときもありますし、結局他人に自分の生きる意味を求めているときだってあります。

でも、それは人と人とがつながっている証拠だから。

「一人じゃない」証拠だから。

 

自分じゃない他の誰かのためだってなんだっていい、いつか胸を張って「自分の生きる意味」が分かるまで。

 

一緒に進んでいけたら、私は幸せです。

 

ライター・エディターの葉音でした。

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全4件のコメント

  1. 葉音 2016/06/07 10:50

    >はるなさん

    コメントありがとう‼まさかコメントしてくれるなんて思ってなかったから、凄く嬉しかった…!

    「生きる意味」を見出すための栄養、か。
    与えられているならうれしいし、そうであってほしいって願うよ。
    はるなさんにも与えたい。だって、いつも貰っているから!

    こちらこそいつもありがとね♪

  2. 葉音 2016/06/07 10:47

    >海くん

    コメントありがとう‼ものすごく嬉しかったよ♪
    なんか海くんコメント欄だとすごく素直に褒めてくれるのね!言ってくれた言葉がすごく心にしみたよ。

    「誰かのために」なんて大それているかもしれない。
    もしかしたら、エゴかもって自分で思う。
    けど、海くんみたいに、母性とか無慈悲の愛みたいに自然と湧き上がってくるものだと感じてくれる、愛を受け取ってくれる存在がいる私はとても幸せ者だし、よかったなぁって本当に思うよ。

    海くんと出会えてよかった!
    こちらこそいつもありがとね!

  3. はるな 2016/06/03 19:11

    はおとさんらしいブログだねー。
    「ひとりじゃない」って事実はすごく自分を強くしてくれるんだなーって最近すごく感じます。
    だから、きっとはおとさんはいろんな人に
    「生きる意味」を見出だすための栄養
    を与えられる人なんだろーなーと思いました(^^)

    いつもありがとね。

  4.  2016/06/02 18:51

    葉音さんの「誰かの為に」って本当に凄いと思うよ。

    葉音さん自身が辛い経験したからこそ人に対して優しく愛を与える事が出来る。

    近くに居て、本心から相手を思いその人の幸せを考えている事が伝わるから凄いと思う。

    自分に無理してまで、相手に尽くす人が居るけどそういうのではなく、
    自然に心の奥底から、沸き上がってくるもの。

    ココトモに必要な人で、近くに居ると無償の愛、母性、慈悲みたいな・・・まあ、上手い言葉が見付からんけど
    そんな、素晴らしい物を感じるよ。

    それに、自分の思い、感じた事をブログに素直に書き、みんなに伝える事が出来る所は尊敬してる。

    いつも、ありがと

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