恋愛における『執着』は宝物
edit2018.04.08 2,211
初めてです。恋愛について書くのは。
オハナです。この恋愛に関することは、本当は、全部忘れて綺麗さっぱりしてから、振り返りや思い出のように、いつかここのブログで綴れたら…なんて、かれこれ1年以上思ってました。
実は、恋愛、凄く苦手なんです。
人の話を聞くのも、自分の過去の恋愛の話をするのも全く苦ではない。
ただ1つ。『今の恋愛』に関しては、どうしても人に話せませんでした。
恋愛への強烈なコンプレックス
私は、昔から親に容姿に関して、冗談でも本気でも色々言われることが多く、自信がありませんでした。
でもそれでも、洋服で着飾った自分は好きだったし、周りの友人も容姿について言う人はおらず、本当は自分の事が好きだった(好きになりたかった)のだと思います。
でも、容姿への件以外にも、私には『人を好きになりにくい』性格がありました。
その関係で、本当に人を好きになったのは、いつなのかハッキリしてなくて、下手すると23歳で初めて付き合った彼が、実は初恋なのかな?
新卒の会社関係で好きになった年上の人がそうなのかな?
どれか分からないw
それまではあまりに異性を好きになれなくて、他の友人の話や、周囲の大人からの『学校で好きな人いないの?』という言葉に対応する為に、無理矢理(苦笑)好きな人を作り出し、自分に、周りに思い込ませた?言い聞かせた事がある程でした。
おかしいですよねw
勿論、話している通りなので、高校でも恋バナは他人事で、自分の話は出来ません。
とある友人に『今まで彼氏いたことないなんて、おかしい!!』と学校で叫ばれたこともあるくらいw
でも、男子生徒からも女子生徒からも、イジメられたり人間関係でもみくちゃにあった私が、誰かを好きになるのが難しいって、当時を思い出して考えてみれば当たり前でした。
特に、最初の異性である『父親』は、私の顔について「目が小さい」などと言う人だったので、異性自体に最初は良い印象が持てなかったのかもしれません。
しかし、例え恋愛対象として見れなくても、高校の時にクラスで独りだった私と話してくれて、親身になってくれたのは、部活の男友達でした。今でも名前や顔をよく覚えていて、出来るなら会って感謝を伝えたい位、あの時支えてくれたことを、感謝しています。
だから、異性への嫌なイメージみたいなものが染み付くことはなくて、「この人が嫌」みたいなことはあっても、男が…女が…みたいなことはならなかった。それは本当に良かったと思います。(ただ、女子多めのネチネチ感は未だに苦手です…)
また、特にいじられキャラの私。
『オハナさんと付き合う人はどんな人なんだろうね〜?(ニヤニヤ)』
『オハナさん変わってるから、向こうも結構変わってる人だと思うよ〜(ニヤニヤ)』
みたいな、バカにされてる感を感じたり、自分の付き合う人は、可哀想なのかもしれないと思ったり、容姿がそんなに良くない私なのに、相手に申し訳ないとか、自己否定感とか、自己肯定感の低さが助長されたりとか、なんとかうんとか色々あって、とにかくニヤニヤして聞きそうな人には、話さなくなりました。
いや、嘘です。ほとんど、いや全く人に恋愛相談しませんでした。
付き合ってしばらく経ってから、本当に仲の良い人にだけ話したり、結婚を意識したレベルまで行った時に話したり…。
それでも、多分ほとんど話していない。
彼と別れることになった時も、別れた後に話してました。苦しんでる時は話さなかった。
片思いの時は、多分人に話したり相談した事はほとんどありません。
話した時に、『あなたみたいな人に好かれて、可哀想』と、相手が思われるのが嫌だった。
そんなこと言う人がいるわけ無いのに。
自分で思っているそんな気持ちを、それに近い言葉を言われるのが嫌だった。
変わり者の私、変なことばっか言って、めんどくさい私の相手をする人が可哀想だと。
相手の人も変わっているんじゃない?
そんなレッテルを貼られてるのも嫌で…。
私を通して、相手まで変な目で見られるんじゃないか?
そんな恐怖が、ずーっと今までありました。
でもね、それって私の中の恐怖を通して友人の言葉を受け取ったり、友人の表情を見たりしていただけで、『自分の思い込み』がすごーくあったんじゃないかなぁ?なんて、今は思います。
んで、話を戻しますw
昔話がかなり多めになりましたが、本題の『執着』。
今、大分心の整理が落ち着いたけど、好きな人がいます。
落ち着いた、と言うのは、考える時間が前より減ったということ。
結構今年頭までほぼ毎日想っていたので、多分想いは強めです。
両思いでもなんでもなくて、会わなくなってもうすぐ1年経つけれど、片思いを数年し続けられる、とゆーか覚えている自分に脱帽です。
一途。と言えば聞こえは良いけど、結婚も子供も望んでいるのに、彼女がいる(今は分からないけど、多分いるのかな?)人を数年想い続けるなんて、頭で考えれば『いい加減にしろ』と言いたい。毎日言っていました、自分に。
ある時は、この執着に許可を出して『好きなだけ想いなよ』と言ったり、ある時は『無理な相手を想い続けて、このまま一生過ごすの!?』と焦ったり…。
その好きな人と繋がりがあるものは、1年ほど前に全て消したので連絡先はもうありません。
人に現在進行形の恋バナをするのが、超超苦手な私が人にこの感情を話せたのは、その好きな人を忘れようと、全てを辞めて捨てた後。
相手がいる人に、立ち向かう勇気は私にはなくて。自分が誰かより勝ってるとか思えなかった。
おまけに、その人とは関係性も色々こじれて、最後の最後にはかなり酷い状態でした。(相手は分からないけど、私はメンタルも体もかなりヤバイ状態でした。)
尚且つ、追い詰められたのは、その環境だけではなく、その好きな人の発言や態度も大きかった。
好きな人からの言葉って、ヤバイですね。普通に人からの攻撃って辛いけど、好きな人からの攻撃って、ヤバイとかじゃなくて、絶望するレベルなんだな、と思いました。
そんな恋愛だったこともあり、好きな人の話をすると決まって友人は『もうさぁ、そんな人忘れなよ…』となります。
当たり前です。私が友人なら、同じことを言うと思う。
頭で理解していて、十分わかっていて、頭では何が幸せが分かっていて、忘れることが1番で…。
なにもかも理解しているのに、心だけは忘れられない。離れない。それが執着。
馴染みの場所で会うんじゃないか?というか期待と、会いたくない気持ち。
淡い期待。もし会えたら?もし付き合えたら?という願い。
もし一緒になったら?
もし、彼女さんと結婚が決まっていたら?
一般的な恋する人が抱く感情。
例え、苦しい記憶が凄く多くても、楽しかった記憶も幸せだった記憶も確かにあります。
でも、最後は最悪だった。
なんで、あんな人好きになったんだろう?
自分を責めたりもしたけど、1年近く、本を読んだら色んな人に打ち明けて話を聞いたりして、全部自分が作り出して見ていたことなんじゃないか?とか、本当に色々な事を知って、今はほとんど辛さは消化しています。
でも、今も感じる期待や、願いは、『執着』だから。
手放さなきゃいけないと思っていました。
持っているのは、『悪』だと。
恋愛で恋愛を重ねるのは、私は絶対違う。
「好きな人がいても、結婚時でも良い」そう言ってくれた友人もいたけど。
私は、この状態、好きな人に好きだと感じられると思えなかった。
必ず消化したい。そうしなければ、私はまた人を好きになれない。
だから、早く執着を手放さないと…。
だから、片思いを忘れる方法。
復縁する方法。
執着を手放す方法。
ネット、ツイッター、本、人からのアドバイス…ずーっと手放せる時を今か今かと待ちわびました。
なんせ、滅多に人を好きにならない私。
4年ぶりか何年振りかの恋愛が、ホントは嬉しかった。
昔、友人をバッサリ切って、辛い思いをしてから、また人を信じて、また人を好きになれるなんて、思わなくて、嬉しかった。
彼を思い出すと、良い記憶は本当に幸せで楽しかったのに、手放さないとダメなのかな…?
思い出を手放すのは、楽しかった想いを手放すみたいで、辛かった。
でもいつしか、覚えていることも悲しくなった。
記憶だけにすがるんじゃなくて、現実で、幸せになりたい。
それには、執着はやっぱりダメで手放さないと…。
そんな中、ある本を読んで、その執着自体を受け容れる方法が自分が1番しっかり来る方法だと分かり、やっと楽になれたんです。
そこに書いてあったのは、『執着は自分の未来に必要な出来事である可能性が高い』と。
幸せになる為のプロセスの中にあるものだから、無駄でも邪魔でもない。
手放したいのに、どうしても手放せなくて否定するのではなくて、必要なものだから受け容れて良い、と。
凄く、スッとしました。
あ、良いんだ。これ、必要なんだ。
不要で手放さなきゃ私が成長出来ない、幸せになれないと思ってた。
執着って、ネガティブですよね。
ダメって書いてある本の方が多くて。
それを無くさないと、幸せになれない、みたいなことのほうが多く情報としてあった。
自分の幸せに、この執着という経験が必要だと思えた瞬間。
執着という重くて暗くて、ネバネバしたようなドロドロしたような物に見えていたものが、虹色の花びらみたいな、とてつもなく綺麗な物に見えたんです。
あ、これ、私の人生を彩る花びらなんだ。
そう思えた時に、執着、持っていようって。
必要だから、持っていようって。
そう思えたんです。
すごーく、嬉しくて。
この恋愛があったからこそ、対面相談でも恋愛の話を昔よりずっと理解出来るようになった。
恋愛をすると、自分こんなにめんどくさいんだなwと分かったり、恋愛面の自分の本性?を知ったり…。
気づけたことも沢山あった。
彼に会った事を、無かったことにしたり、後悔したくなかった。
でも、このままずーっとは嫌で。幸せになれないのは嫌で。執着しているのが時間の無駄になるのも凄く嫌だった。
でも、自分の幸せに必要不可欠なとのならば、嬉しい。私の幸せの一部なんだと思ったら、一気に幸せな気分になったんです。
ここまで、1年。
好きになって、2年が(多分)経った。
人との出会い全てに意味があると、いまなら前より思えます。
1年前、辛さの地獄みたいな気分があったけど、あの人と過ごした何気ない時間を、執着を、無駄とかどす黒いものだともう思わなくて良いし、その想いすら、自分の幸せに必要なものだと思えたことは、私にとって本当に良かったことです。
恋愛へのコンプレックス、この一年で大分変わりました。
ココトモ入った時は、恋愛相談多めの場所なのに、恋愛相談(メール相談してた時)は避けてた位w
恋愛経験の少なさ(滅多に人を好きにならないし、初めて人と付き合ったのも遅かったのがネックで…)が引っかかって、私が乗ってもアドバイス出来ない説得力ない、と思って、自信がなかった。
失恋したのに、恋愛コンプレックスを少しずつ消化していっているので、好きなあの人には、感謝をしなきゃいけないなぁ。(同じ環境にいる時、感謝や想いを書いたラブレターは何度も渡したことありますけど…苦笑)
本当は執着のことを書きたかったのに、別のことが長くなって、ものすごくまとまりのない文章になったけど、この今回の恋愛に関しては、いつか書きたいと思っていました。
今日こうして自分の恋愛のことを綴ることが出来、とても満足しています。はい、自己満ですね苦笑
今の恋愛、じゃあ執着してどうなるのか?
それは、私にも誰にも分かりません。
傷つけ合うような、昔の関係は嫌だなぁと思います。それは別の人と一緒になる上でも同じこと。
私のこの恋愛の終わりが、忘却か、何なのか、それは、また何かしら結果が出た時に、ここに書くかもしれないし、書かないかもしれません。
結果が出てないのに、終わってないのに、ブログに書く気が起きるとは、自分では思いませんでしたが、ある意味の一区切り。
想い続けている(忘れて行ってるっちゃあ、忘れて行ってるけど)自分に、お疲れ様。
そして、彼に、ありがとう。多分、今も(笑)大好きです。
こうして、恋愛に限らず、忘れられない苦悩や辛いことを、無駄だと思わず、必要だと捉えていける人間に、この先なって生きたいと思います。
終わり(じゃないかもしれないけど、また続編があるならば書きますw)
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