一緒に対処を考えてほしい 初回返答から提案
10代後半 女性

自分の道を生きる方法が分からない。

visibility23 chat0 personぽちゃこ edit2026.02.13

私はあるスポーツがしたいという仮の理由で強豪の中高一貫に入学した。
実際は母親がママ友の中高一貫っていう名前が欲しくて凄く推してきたって理由が大きかった。当時の私は剣道が嫌いで入学したら剣道を辞めようと思っていた。
だが中学に入学したら良い副顧問と巡り会えたから続けることになった。だが、本顧問からは嫌われていた。本顧問は歴代、関東大会、全国大会には推薦入学者を試合に出していた。実際私は推薦では入学していないので、個人戦の枠が4枠あったが、予選にも出ることができていない状態だった。中学3年生だった当時の私は他の個人戦の県大会で2位という、部内で2番目の成績を残していた。だが、関東、全国大会には出場することは出来なかった。そして、大会後の度重なる私を見せしめとした叱責、不当なパワーハラスメントを受け、高校で選手として出れないことが目に見えていたから高校は他校に入学をしたかった。だが、父親が入学を許さなかった。嫌で嫌で仕方がなかった。副顧問は中学までしか仕組み的に関わる事ができず、大会後は関わりが薄くなっており、母親は世の中で1番嫌い、兄は当てにならない、父親は頭が固く、自分の思い通りにならないと家内の雰囲気が険悪になってしまう。この環境下で私は鬱病になった。だが、鬱病は周りにバレないよう必死に健常を装った。そして、飛び抜けて強くなって絶対に選手として活躍する気持ちにブレーキが聞く訳でもなく、誰よりも努力をした。その結果高校1年時、部員が20人近くいる中部内で6番目には強くなった。同級生では2番目だった。だが、選手に入ることはなると試合は顧問により中断され、試合が無効化になるとこもあった。いくら勝ってもBチームの練習にしか参加出来ない。正直苦しかった。
自分より実力のない者が選手として練習する姿を見る度に複雑な心境だった。その状況が1年続いた結果、何もかもが嫌になり部活を無断欠席した。
その後部活に行っても空気扱い、実力も落ちたが当たり前の結果だと思った。だが、努力を、続けた。2年生になり、私は学年で1番強くなった。新チームが始まり同級生だけで出場する大きな大会があった。私は必ず出れると思っていた。だが、期待は外れ私は補欠で試合には出ることができなかった。試合が終わったあと私は顧問に呼ばれ、こう言われた「お前は去年無断で休んだから出れる訳がない」言われた瞬間嫌でも納得しないと正気が保てなかった。試合後も努力を続けたが、私は練習中は顧問と目も合わない、選手として出る人は細かく指導されている。実力はどんどん抜かされた。だが、4番目までは維持した。流石に顧問も私を使わざるを得なくなり、本当に少しずつ試合にでれるようになってきた。やっと波に乗ってきたと思っていた矢先、事件がおきた。同級生からいきなり大振りで竹刀で叩かれ、殴られた。殴られた原因は練習中の順番というしょうもない理由だった。元々私への嫉妬が凄かった人物からだった。殴られた瞬間、咄嗟に私も胸ぐらを掴んでしまった。顧問の判断は「お互い様」だった。理由は私も胸ぐらを掴んだ際に爪が当たり相手を引っ掻いてしまったからというものだった。私はその行為を反省したが、思うこともあった。殴られた際にそのまま殴られ続ければ良かったのか、と。この事件以降私は部活への熱意は0となった。あれ程までの熱意が一瞬で冷めてしまった。冷めた後は一瞬だった。すぐに3年生が始まり、最後の試合であるインターハイも終わった。何も感情はなかった。悔しい、悲しいも無い。ただやっと終わったという気持ちで溢れていた。私は大学進学をスポーツの推薦を使い行こうとしていて、内申点も低かった。だが、大学で部活を続ける気もなく一般で大学に入ろう思った。しかしその進路は私の周りは誰一人として許してくれなかった。父親は「目標がない者に行かせる大学の金はない」の一点張り。父親は私を警察に就職させたかったのである。更に父親の目標とは私が部活で行っていたスポーツのことである。父は頭が固く、高卒である為大学進学を良しとしなかった。奨学金を借りて大学に行く道も考えたが、親の年収が1000万を超えていた事もあり、ほとんどの大学や、機関は返済必須の奨学金しか出せなかった。心身ともに疲弊し夜遅くまで部活をする中での一般受験で成成明学以上を目指せるとは思えなかった。それらの大学以下で奨学金を返済し就職する未来がとても過酷である事が分かっていた私には大学進学は諦めるしか無かった。私はスポーツ推薦で大東亜帝国の大学2校、Fラン大学から1校推薦状が来ていた。選手として活躍していなく、推薦が3校も来るということは歴代で初らしい。大学の顧問は私の練習試合の姿を見てくれていたらしい。だが、その気持ちを裏腹に私自身はスポーツが嫌いだったので蹴らしてもらった。私はただ、大学で部活をしないで生活をしたかっただけなのに。それも叶わない人生になってしまった。結果、私は警察に就職することになった。試験結果は苦肉にも上位であった。親は喜んだ。鼻が高いと。
私には私の道を選ぶ選択肢はなかったのか。私は大学に行きスポーツ以外のことを、学んでみたかった。そして、私が今まで続けてきたスポーツとは剣道である。警視庁でも剣道は必須である。柔道、剣道、合気道の3択から選べるが経歴書に剣道の成績を書いた以上剣道から逃れることは出来ない。
悔しい。学びたいその気持ちがただ溢れている。
一方警察の給料は初任給の高卒で28万程。この職場以上に良い年収、社会福祉がある会社はそうそう入ることが出来ないとも思う節もある。

自分の意思が弱くてつらいな。まだ勉強もしたいのに、、、
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