自己嫌悪に押しつぶされそうになったら
visibility15 edit2025.10.07
自己嫌悪に押しつぶされそうになったら
わたしがいちばんキツいなと思うのは、「自己嫌悪するとき」です。
とくに、自分の能力の低さや、人間性について。
存在意義とかそういう、根本的なところまで行き、
小学生のころの記憶とか、
とても些細な、とある場面のまわりのみんなの空気感とか、イモづる式に思い出される。
記憶っていうのは、思い出せば思い出すほど、より強固になっていく?のかな。
さて、
自己嫌悪に押しつぶされそうになったら、
私がやることは…
「抽象的な悩みと、具体的な悩みを、分ける」こと。
たとえば、
私はこのあいだ、自宅で育てている植物に、水をやるのを何日も忘れて(というか面倒くさくて)、枯らしかけてしまいました。
植物には申し訳ないことをしましたが、そのとき私の頭にいちばんに浮かんだ感情は、「私っていっつもこうだよな」でした。
そこから、昔飼ってたハムちゃんのこと、失敗ばかりしてたこと、友達にした最低なこと、どうでもよくなって投げ出したことなど、あれよあれよと掘り出されるイモたち。
ここで、
「抽象的な悩みと、具体的な悩みを、分ける」こと。
やってみます。
抽象的な悩み↓
「私っていつもこうだよな」その他、無数のイモ
具体的な悩み↓
育てている植物を枯らしてしまった
で、両方の悩みをノートに書いたりします。
ノートに書くことは私にとって、「いったん保留」を意味します。
保留。つまり後で考える、とか、いつか考える、ということ。
ノートに書いてあるから、もし忘れてしまっても思い出せます。反省は、したいときに、思い出したようにすればいい。
そう考えることにして、今はとりあえず、目の前にある具体的な悩みに取り組みます。
具体的な悩み↓
育てている植物を枯らしてしまった
じょうろでたっぷり、水をあげました。
次の日の朝、見てみたら、植物たち、みんな復活してました。
枯れて茶色くなった茎から、新しいみどりの草が生えてきている。
「ごめんね」って言ったら、「いいよ」って言ってくれたみたいで、
うれしかったです。
「そんな簡単な話じゃないよ」って、思われたかもしれませんが。
ちょっとでも参考になったら、幸いです。
追伸
ちなみにちょっと思ったこと。
私が失敗したときに思う、「いっつもそうだよな」。
これ、母の口癖でした。
正確には訛ってて、「いっつもそうやんな」。
で、母にもまた母がいます(私の祖母)。
祖母はもっと厳しかったようで、
「いっつもそうやん。そうそう、あのときも…」
って、母がポカミスするたびに言ってたんだそうです。
そうやって私のところまで、受け継がれてきたのかもしれない。
負の連鎖はここで断ち切りたいな、と思いました。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとう。
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