返信先: 臆病な性格

  • 匿名

    まるかさん
    初めまして。みりゅうと申します。

    臆病に見栄っ張りって、僕に似ていますね(笑)
    僕もまるかさんと同じく、人の前では別に人格を演じてしまう癖があって、苦しい時期を過ごしました。
    ですからまるかさんのお悩みはよくわかります。

    例えば、役職が付いているような人に対しては、必要以上にかしこまって、ぎくしゃくしてしまったり、
    きれいな女性の前では、普段話さないようなネタを使ってアピールしてみたり。
    自分を客観的にみて『おい、おい、お前誰だよっ』って感じになっていました。
    本当の自分はもっと違うんだけどなって感じることが多かった気がします。

    『どうして本来とは異なる自分を演じるのだろう?』とすごく考えたことがあります。
    本当に本当に考えました。
    いろいろと自分の深層心理に迫って、出した答えは
    『人の期待に何としても応えたいからだ』
    でした。

    少しだけ僕の生い立ち話をさせてください。

    僕は学校の成績について、熱心な親の元に育ちました。
    熱心といえば聞こえは良いのですが、簡単に言えば勉強に厳しい。成績至上主義な家庭です。
    ですから、子供のころから塾に行っていましたし、友達とも遊ぶことはありましたが、あくまでも学業優先です。
    当時は、優秀な大学に行って、立派な企業に勤めて、出世していくことが正しいと信じていました。
    ですから、実勢に就職した後も役職が上の人には、『ああ、この人はすごい大学を出て出世をされて偉い人なんだな』
    と自動的に考えるようになり、偉い人の前ではかしこまるようになりました。

    『役職が上の人は、僕なんかよりもっととてつもなく勉強した方だろうから半端なくすごい人なんだ。
    この人に認められたい。この人の期待に応えたい。それにはまず礼儀からだ』
    みたいな安易な発想が、必要以上にかしこまるなどの僕に別の人格を演じさせていたのです。

    きれいな女性の前でも、
    『これだけきれいなのだから、こちらも礼儀としてそれなりにかっこつけよう。相手に合わせないと。この人の期待に応えたいな』
    みたいな感情で、相手に合わせたネタを振ってみたりして、別の人格を演じていたのです。

    どちらも相手を色眼鏡で見て、勝手に相手が求めているであろう期待を作り上げ、それに応えたいと考えていたのです。

    ある時、『確かに相手は僕が考えついた期待を抱いていることもあるかもしれないが、それ以上に僕らしさについて知りたいのではないだろうか』
    と考えなおす機会があり、そこで必要以上に期待に応えたいと考える癖はだいぶ治りました。

    その後は、自分らしさを取り戻し人付き合いが楽になりました。

    まるかさんはいかがでしょうか?

    『“何が”私に人前だと本来の自分とは違う性格を作らせているのか』
    くらいの質問文で、自分に問いかけてみてください。
    答えが出るまであきらめずに。ゆっくりと。

    ところで、まるかさんは絶対にいい人ですよね。
    僕は同じ悩みを持った人間として断言します。
    この悩みは、いい人に共通する悩みのはずだと僕は考えています(笑)

    最後に。
    今でも会話の“間”は苦手ですが、会話の中の一つのスパイスくらいに考えるようにしていますよ。
    まずは自分と向き合って、自分なりの答えを探してみていただけるとよいのではないでしょうか!
    わかりづらい長文でごめんなさい。

    応援しています!